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2021.01.30 (Sat)

2月2日が節分になるのは124年ぶりで今年の恵方は南南東

デザウマでは何度となく節分の恵方巻の習慣について書いてきましたが今回は総まとめです。
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豆まきや恵方巻きなどの行事でおなじみの節分は2月3日の認識ですが、今年は2月2日となります。 節分が3日でないのは1984年2月4日以来37年ぶりで、2月2日になるのは1897年(明治30年)以来124年ぶりです。これらは国立天文台が二十四節気という地球と太陽の位置を調べて毎年決定しています。

節分の行事は豆まきですが近年は恵方巻を食べる日にもなっています。この毎年変わる恵方は歳徳神(としとくじん)という一年を守ってくれる神様がいる方角のことで、「東北東」「西南西」「南南東」「北北西」の4方向のみで、今年は南南東。
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節分に巻き寿司を食べる風習は古くは大阪の船場の旦那衆が花街で流行らせたという説がありますが、書面で残っているのは昭和7年(1932年)の大阪で、当時の寿司屋は毎年2月の客足がひどく落ち込むので、酢の業界と海苔業界と寿司屋組合が結束して、「幸運巻ずし」を流行らせたとあります。
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元々関西では節分に、ちらし寿司(大阪ではばら寿司)を食べる習慣があったのですんなりと広まったのでしょう。

写真は大阪歴史博物館所蔵の幸運巻き寿司チラシ昭和15年(1940年)
大阪鮓商組合後援会が印刷し、東区(現中央区)の寿司店・美登利が客に配ったもの。
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大阪で一気に広がったのは1973年オイルショックの不景気に大阪海苔問屋協同組合が寿司屋と仕掛けた「幸運巻ずし」の成功。
確かに私が覚えている1975年頃は大阪の繁華街の寿司屋では節分の「幸運巻ずし」を店頭で売っていて、当時勤めていた福田武環境デザイン研究所の所長が節分の日の夕方に心斎橋の本福寿司で普通サイズの巻き寿司を人数分買ってきて、恵方に向いて喉を詰まらせながら無言で一本食べて、そのまま飲み屋へ直行するのが節分の会社行事でした。

「幸運巻ずし」が全国に広がったのは1998年に大阪出身のセブンイレブン広島の販促担当の野田静真氏が「恵方巻」と命名してセブンイレブン広島から全国展開したから。

心斎橋「本福寿司」の閉店前の最後の様子。節分には店前に海苔巻きを何段にも重ねた木箱が並んでいて、私も買いました。
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心斎橋「本福寿司」の同じ場所での明治10年の姿。
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2015年にデザウマで使った恵方巻が全国に広がったストーリー動画ですが、何と今年も恵方は南南東。
60秒でわかる恵方巻講座 by Google+


一時問題になったコンビニでの恵方巻の販売ノルマ問題と売れ残りの大量破棄はもう過去の事で現在はそんな問題は無くなっている事を祈ります。

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テーマ : 回る寿司・回らない寿司 - ジャンル : グルメ


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